FC2ブログ

●日曜日と祝日の谷間の月曜日、いつもどおり家でリモートワークしてたら。
いきなり、名古屋にいるはずの息子が家に入ってきた。
●うぉー、ノマド、ナニしてるんだ!?一体どうした!びっくりするわー。
●なにやら、春休みに入り、学食もクローズして食事に不便する上に、大学の二次試験実施で部活動もお休みになったから、実家でゴハンを食べようと思ったらしい。家に着くなり、ボクの好物・柿の種をモリモリむさぼり、昨夜の夕食だった、さつまいもの炊き込みゴハンをレンジでチンして食べ始めた。どんだけ飢えているんだ?ちゃんと仕送りしてるんだから、近所のお店で食べるなり、自炊するなりしろよー。そもそもで、一言、今日実家に帰るわ、となぜ連絡ができない?こいつ、やっぱ、どっかオカシイわ。


今日の音楽は、年始からスポッティファイで聴きまくってるこの女性シンガー。

eyes (miletのアルバム)

milet「eyes」2020年
大晦日の「紅白歌合戦」がすごく楽しかったんです。実は毎年大晦日は「ガキの使い・絶対に笑ってはいけない」シリーズと決めているボク、そんなに真面目に「紅白」を見ないのですが、コロナ禍に見舞われた2020年は、「ガキ」感染予防由来のロケの制約からか、過去回の傑作映像を再利用したりしてて、あまりオモシロクなかったんですわ。一方で、「紅白」にはデビュー以前から追いかけてきました NiziU が登場とあってワクワクしたりもしてまして。ザッピングで両方をフラフラしながら、いつもよりはシッカリと「紅白」を見たのです。
で、今回の紅白には、新しさを感じちゃったんです。AKB48をパージして、北島三郎御大にも引退してもらって(コメンテーターとして出演してたけど)、当然のように特等席を確保してた人たちに退場してもらった(ジャニーズの寡占状態は相変わらずだけど)。その一方で、コロナ禍を逆手にとって、NHKホールからの客前の生放送という制約を取り払った上で、外部からの生中継とか、別のスタジオからの中継とか、多元的な構成と練り込んだ演出を作ってた。そして、ボクにとってはまるっきりのニューカーマーなアーティストさんもたくさん出演していた!
その中で、一番目を引いたのが、この milet という名前の女性シンガー・ソングライター。ミレイと発音するんですって。完全に予備知識なしで、番組序盤戦の段階の彼女のパフォーマンスを聴いて、ありゃ?この人、とっても素敵じゃないか?と思ってしまった。デビュー曲「INSIDE YOU」。低めの音から始まってスーッと高い音までドラマティックに歌う様子にホレボレ。特に、わずかにハスキーがかった声は、ローからミドルレンジの範囲にあっては、倍音?の要素が少し混じるように聴こえて、とにかく声が心地いい。清楚で控えめな容姿が少し華奢に見える美人さん、だけど、声と音楽は予想以上な奥行きとスケールで、一気に引き込まれた。
●2019年にデビューして、この音源がファーストアルバム。所属レーベルである SONY さんが気合を入れたのか、ドラマ・アニメ・CMのタイアップを目一杯仕掛けてたらしいけど、全然ボクにはリーチしてませんでした。ドラマ主題歌とか古典的なプロモーションだけど、SNSでの小細工でブレイクするような、奇妙なギミックを仕掛けるタイプのアーティストでもないってのは理解できる。比率の高い英語詞と日本語詞をコミコミで押韻していく耳障りのよさ、でも実はペシミスティックな気配が濃厚なリリックに透徹したダークネスを感じてしまったり。ハイトーンの声には、未公表ながら実年齢に相応しいだろう若さと可愛らしさを感じるけど、やっぱ低音の倍音要素がたまらない。中毒性があるよ、この声には。その声を包む楽曲のアレンジは多彩だけど、主役の凛々しさを引き立たせることに専心していて、アルバム一枚の統一性が保たれている。
●では、動画で、彼女の声を聴いてみてください。



「紅白」で披露した「INSIDE YOU」を、YouTubeチャンネル「THE FIRST TAKE」でパフォーマンスしてます。
●ちょっと番外編で、「THE HOME TAKE」っていう宅録バージョンになってますけど。普通のしゃべり声にハスキー要素なんてないのに、歌の声になったら、響きがすごく複雑になるという不思議。アコギ一本の伴奏という意味でも、彼女の声を堪能するにはバッチリの状況です。



「THE FIRST TAKE」では、彼女は「US」という曲も披露してて、こっちも是非見てもらいたいのですけど、ソッチの動画では、なぜか彼女が FUNKADELIC「ONE NATION UNDER A GROOVE」のTシャツを着てまして、それが異常に気になる。つーか、このシャツ、ボクが欲しい。
●あとは、「TELL ME」という曲が好き。サビ部分がロー〜ミドルレンジの帯域になってる曲だから。他にもいっぱい好きな曲がある。なんせ18曲も収録されてるもんだから。シングルカップリングもいい曲が多くて侮れません。


●で、いきなり別のシンガーの話へ。

Salyu「PHOTOGENIC」

Salyu「PHOTOGENIC」2012年
milet さんの声を聴いていたら、ふとこの女性のことを連想してしまった。活躍した時期で言えば、メインが00年代で、最近はちょっと話題を聞かないけど、彼女も大きな包容力とどこまでも伸びていく爆発力、微妙なハスキーさと倍音要素?を持つボーカリストで、ボクは心底惚れ込んだ。ライブも二回くらい見た(今は無き、渋谷アックスで)。キャリアの最初期は、岩井俊二監督作品「リリィ・シュシュのすべて」で、架空のシンガー、リリィ・シュシュの声を担当。その印象的な声を武器に、小林武史プロデュースでデビューしたのが2004年。彼女の音源に関する一連の仕事は、プロデューサー・小林武史の最良の功績だと思ってます。声の聴こえ方は全然違うけど、milet さんのようにデビューの場面の一発で惚れ込んじゃった声って、過去に遡ると Salyu さんだけじゃないかな。(あとは、元ちとせさん。彼女は奄美大島民謡というバックボーンが強烈だったから、ちょっと異質だけど)
●で、久しぶりに Salyu さんの音源を引っ張り出しまして。これは彼女の4枚目のアルバム。実を言うと、3枚目までのアルバムはどれも傑作だと思ってるんだけど、この4枚目では、微妙に声が変わった感じがあって、ちょっとガッカリしちゃったのです。岩井俊二さんの映画に関わってた頃はまだ20歳前後だった彼女も、この段階では30歳を過ぎていて。女性としての体質が変わったのか、初期のぽっちゃりした印象から、いつの間にかモデルさんのようなスレンダー美人に変身していた。そしたら、声が微妙に薄くなっちゃった気が。ここで急速に関心がなくなっちゃったのですよー。別にフォトジェニーになってもらわなくても、十分魅力的だったのに。
●でも、今、数年ぶりにまっさらな気持ちで聴いてみると、これはこれで、シンガーとして年齢を重ねる中での彼女の最善の選択だったと思える。多彩な表情を一音一音に乗せていくセンスが絶妙で、そのカラフルな豊穣さが多幸感になってミルプラトーのようにずっと続いていく。ロングトーンの声で全てを吹き飛ばすような楽曲から、ポップなメロディが鮮やかな楽曲にスライドしたというか。生得のエンジン馬力だけで高揚感を煽ってた部分が、テクニックで編み出される表現になった。うーむ、やっとこのアルバムも聴けるようになったぞ、よかったよかった。でも、やっぱりデビュー頃のアルバムの方が好きだけとね。ちなみに、この人は、salyu × salyu という名義で、CORNELIUS aka 小山田圭吾とのコラボアルバムも作ってるのね。これまた全然性質の違う音楽になってて、未だ消化できず。課題はまだ残っております。

スポンサーサイト




●テレワークのし過ぎで。
今度は、耳が痛い。
●リモート会議でずっとイヤホンをしてるからだ。
●いや、リモート会議をしてなくても、ずっと音楽を聴いてるからだ。
●この前は、イヤホンで会議をしながら、その上にヘッドホンをかぶせて、音楽を聴いてた。意外とイケた。こんなことしてるから痛めるのか。


●うーむ、今週は天気が不安定で、自律神経がガタガタだ…。ツラかった。
●コロナ前なら会社休んでただろう。リモートだから仕事できるけど。
●で、ただでさえ精神が不安定だというのに、PCが壊れた。がくーん。もうダメです。
そんな、気持ちがめっこり凹んだ時に、この音楽が効く。

LEON RUSSELL「BEST OF LEON」

LEON RUSSELL「BEST OF LEON」1970〜1975年
●正直、LEON RUSSELL という人物、全然どう捉えていいかわかりません。猛烈にキャリアが長いし、レコード・リリースの分量も膨大、様々な音楽にアプローチしている。おまけにヘンテコなシルクハットをかぶったり、顔を白塗りにしてブードゥー模様を描いたり、真っ白いヒゲがすごかったりと、魔人怪人かのようなキャラクター造形がスゴイ。強烈なダミ声もインパクトがありすぎる。変名もあれば別名ユニットもある。スワンプロック、ニューオリンズ、タルササウンドなどなど色々なキーワードが出てくるのも混乱させる。彼のアルバムは何枚も持ってるのに、掴みどころがよくわからない。さらにはベスト盤も別のヤツを既に持ってるから、このCDにしたって、すでに持ってる音源とダブりまくってるはずで、買う必要がない。なのに。ただ、ジャケ写真がかっこいいから買っちゃった。

●このピアノに向き合う彼の様子を眺めつつ、マルチプレイヤーでもある彼、ピアノも素敵だよなー、なんて思って音楽を聴いてたら、いきなりカチリとフォーカスが定まりました。ホンキートンクでスワンピーなブルースのダミ声グルーヴももちろんイイんですけど一旦そこを切り離して、ピアノとメロディ、ここだけにピントを絞る。すると、すごくセンチメンタルなシンガー・ソングライターの姿が浮き上がる。ああ、魔人怪人だと思ってたこの人の核の部分は、こんなにも繊細で優しかったのか、と初めて気づくことができた。音楽は、わかんないと思う部分、わかったつもりになってる部分、オモシロくない部分が、いきなり裏返って、新しい意味や価値を放ち始めたりするのでタマラナイ。

●で、この気づきを得て、最近このCDをよく聴いてるんですけど、今日はこれが特にササクレ立ったボクの神経や精神を、優しく癒してくれる。鉄板の名曲「A SONG FOR YOU」のピアノ弾き語りに始まり、メロウネスたっぷりの「LADY BLUE」、軽妙なグルーヴが心地よい「TIGHT ROPE」、そこからボクが一番大好きな曲「BLUEBIRD」。この曲は美しいピアノのイントロが印象的。90年代「渋谷系」時代にかせきさいだあがサンプルしたのもあって、ボクには思い出深いのです。そこはかとないシンセのフレーズとか、後半の女性コーラスとか、優しい配慮が気持ちいい。イタない佇まいの「THIS MASQUARADE」GEORGE HARRISON のカバー「BEWARE OF DARKNESS」もこんなにピアノがキラキラした曲だったっけ?と思う仕上がり。「BACK TO THE ISLAND」「STRANGER IN A STRANGE LAND」もゴスペルクワイアのようなバックコーラスが優雅。「HUMMINGBIRD」みたいな曲だと、彼のダミ声も泣き咽ぶような感情が乗っかってるかのように聴こえる。締めの楽曲「MAGIC MIRROR」の、さすらいピアノマンのような佇まいがカッコイイ。どの曲も真夜中によく似合う。

●このベストはキャリア序盤の70年代前半、自分で設立した SHELTER RECORDS からリリースしたアルバムたちからまとめたもの。選曲とその順番にはキチンと配慮があって、前半にボクを癒してくれたピアノの可憐なバラードが配置され、奥に進むにつれ、コッテリとしたアレンジがテンコモリになるという流れがあった。R&B的なアプローチがあったり、ホンキートンキーなロックンロールになったり、そして最後はコテコテのカントリーに到達する…このあたり、ちょっとボクには未だ厳しいのだけど。ベスト盤には、アーカイブ資料として「楽曲の発表順」で並べてくれるアプローチが当然あって、アーティストや作家のキャリアを俯瞰するにはコッチの方が便利だとボクは思ってたのだけど、今回は、アーティストの才能をグラデーションで説明してくれる演出にすごく助けられた。配信サービスで曲を聴く時は、曲と曲の順番、連続性はアルゴリズムの偶然に分解されちゃって、このような気の利いた演出にはお目にかかれなくなる。オッサン臭い、古いメディアへの執着にしか聞こえないけど、大事なことと、改めて思い知りました。




●「BLUEBIRD」。イントロで涙ちょちょぎれ。




●むー。CLUBHOUSE、もう飽きたかも。
●音楽を配信してる人だけ聴いてる。


村上春樹さんのラジオ番組「村上RADIO」からスピンアウトしたイベント、「村上JAM」第二弾がこの前の日曜日に行われました。
リアルイベントとしては100名限定でお客さんを入れ、あとは映像を有料で配信するスタイル。初めてチケットを購入して、有料課金配信イベントを体験しました。前売りで3500円。うーむ、ライブといっても結局PCのモニターを見るだけだもんな、どうしよう?と思ってたら、ワイフ「あんなに毎回ラジオを無料で楽しませてもらってるのだから、一回くらいお金払ってもいいんじゃないの」。なるほど。村上春樹さん自身は今更イベントギャラなんてバイトも同然と思うけど、ラジオの世界も苦境と聞くし、業界支援でチケット買います!

●で、ここからそのイベント内容をリポートするのが、いつものボクのノリなのですが。
内容がたっぷり過ぎて、消化できないのでリポートできません。
●ていうか、動いて喋ってる村上春樹さんって、初めて見るんじゃないか?!
●ラジオ番組が始まって、初めて肉声を聴いた瞬間の感動を思い出した。
●でも、ここでおしまい。今後、気が向いたらブログに何かを書きます。


●で、代わりに聴くのが、ANDY WILLIAMS
イベントの中で、村上春樹さんが彼のテレビショーについて触れたから。

IMG_9773.jpg

ANDY WILLIAMS「GIFT PACK SERIES 1」1959〜1970年
●二回目となる今回のイベント「村上JAM」のサブタイトルは「いけないボサノヴァ」大西順子さんや小野リサさん、村治佳織さん、そして山下洋輔さんが集まって、ANTONIO CARLOS JOBIM の楽曲を演奏するという内容。そこで村上さんが、高校生の頃の思い出をMCで語ったのです。

 昔、ANDY WILLIAMS という歌手がいました…1960年代。で、彼が1時間のテレビショーを持ってたんです。「ANDY WILLIAMS SHOW」。これをNHKが日曜日の午後1時から放映してた…NHKもたまにはイイことをするんですよね。僕は毎週それを見てて。特に ANDY WILLIAMS のファンということはなかったんだけど、毎週ゲストが出てきて、ソコが素晴らしいんです。
 ある時、高校2年生の頃だったか、ANTONIO CARLOS JOBIM がゲストに来て歌ったんです。彼がギター弾いて歌って、ANDY WILLIAMS とデュエットして、本当に素晴らしい音楽でした。でも、その JOBIM が歌ってる前に、ビジネススーツ着た男が二人いて、ベチャクチャ喋ってるんですよ。僕は高校生でしたけど、テレビ見ながら、オマエラなあ、CARLOS JOBIM 様が歌ってる時に、話すか!ってアタマにきたんです。それがずっと記憶に残ってて。
 で、この間、WOWOW を見てたら、「BEST OF ANDY WILLIAMS SHOW」というのをやってまして。その中で JOBIM が歌ってるシーンがあったのですよ!でもやっぱりその二人のビジネスマンがずっと喋ってるんです。そんでまたアタマにきて。演奏は素晴らしかったです。そんな思い出があります。

●なるほどー。ここでポイントになるのが、JOBIM は一旦おいといて、早熟な洋楽少年だった高校生の村上春樹クンの中で、ANDY WILLIAMS はさほどイケてる存在じゃなかったということだ。あんなに熱くジャズを語り、THE BEACH BOYS を語る村上さんが、「特にファンということはない」とスルーしてる。おー、なるほどー。
●で、このレコード。コレは、数年前に、下北沢の中古レコード屋さんで100円で買ったもの。もはや買った動機は忘れてしまったが、一回聴いて、アレ?ヤバい!ちっともオモシロクない!と思ってしまったコトで、むしろ衝撃的だったのです。うーむ、聴き方がわからない。そもそもで、なんだか大御所の気分を出してるようなのに、一体どんな存在感のシンガーさんなのかもよく知らない。どうしたらいいものか?……という疑問を抱え続けて、いきなり巡り合ったこの村上さんのコメント。あ、そうか、1960年代の日本にあっても、この人は別にイケてる存在じゃないんだ!なるほど、やっとわかった。むしろ、盛りを過ぎてイケテないシンガーとして見れば、かえってその音楽が呑み込めると思ったのでした。

●だんだん思い出してきた…そうだ、BURT BACHALACH の音楽が聴きたいなーと思ってた時に、彼の曲「RAINDROPS KEEP FALLIN' ON MY HEAD」がここに収録されてることに気づいたから買ったんだ。でも、なんか普通の聞こえ方しかしなくて、想定以上のモノが何もない。確かにスーッと真っ直ぐな美声クルーナーであることは間違いないんだけど、真っ直ぐ過ぎてさっぱりフツーなのです。アレンジも分厚く盛りすぎると、ボーカルがかき消されるような危うさがあって、音楽の全体がアッサリな味付けなのです。しかも、同時代のヒット曲を節操なくカバーしてる感じもあって、ロートルが無理してる感じが出てしまう。「BRIDGE OVER TROUBLED WATER」とか「SCARBOROUGH FAIR」とか本家の方がイイに決まってるじゃん。「YESTERDAY」も然り。そんな残念感がどうしても漂う。
●ただし、カウンターカルチャー・ミュージカル「HAIR」のサントラをカバーしたのが意外に楽しい。なんと「AQUARIUS / LET THE SUNSHINE IN」「GOOD MORNING STARSHINE」を歌っているのだ。1950年代からテレビショーで活躍してきた芸能界のスクエアな大物が、ヒッピーカルチャーに媚びてみるってアリなの?と思いつつ、これは原曲の楽しさをチャーミングに追求できている気がする。クレジットをちゃんとみると、この2曲は THE OSMOND BROTHERS と一緒に演ってる!5人兄弟ユニット THE OSMONDSナニげにバブルガムポップとして間違いない品質を常に保ってて、侮れないグループだ。へー ANDYTHE OSMONDS が一緒にやったりするんだ〜と思ってたら、あらら、60年代〜1971年までTHE OSMONDS は「ANDY WILLIAMS SHOW」のレギュラー出演者だったのだ!ほえー、知らないことがいっぱいあるなあ。

●あと、このレコード、LP2枚組に丁寧な日本語解説、ANDY の大型ポスターまでついてまして、厚さで1センチ強の立派なハコに入ってるという仕様、おまけに「GIFT PACK SERIES」というタイトル。文字通り、贈答品としてパッケージデザインされている様子。はー!レコードを贈答品として扱うってどんな感じなの?ただ、ワリと目立つ形で書いてあるお値段、3000円という価格、コレって1970年当時はすごく高いのでは?サクッと調べると当時の大卒初任給が39900円らしい。ヤバい、レコードまじ高い。確かに、ここから50年経った令和年間でも、新譜CDは3000円程度、全然値崩れしてない。というかめっちゃ割安になった。うーむ、記念品のように贈られてきたレコードを恭しくプレイヤーに置いて、家具調大型ステレオで鑑賞する時には、ANDY WILLIAMS のようなソツのない美声がちょうどいい塩梅だったのだろうか??何しろ、ボク自身はまだ生まれていない時代だし、想像つかないわ。

●ということで、今日は、今まで聴き方がうまく掴めなかった ANDY WILLIAMS の音楽を、彼のことが特に好きじゃない村上春樹さんのおかげでグリップできたと思えたことを報告するのでありました。扱いがわからないのに、贈答品仕様で分厚いからレコードの棚の中で目立つんだよーコイツは。でも、やっと愛おしく思えるようになりました。よかったよかった。



●ANDY WILLIAMS「GOOD MORNING STARSHINE」
●ちびっ子兄弟グループ THE OSMONDS に囲まれてる ANDY の写真がよいね。でも多分1970年当時はもっと育ってアイドル青少年になってたはず(そして70年代にはしっかりロック化する…)。この曲は、実は歌詞に大した意味もなく、オノマトペなノリだけの部分がいっぱいで、そんなノーテンキな感じが好き。



音声オンリーの新型SNSアプリで、ワサワサしてます。

hadhadrhdrh.jpg

「CLUBHOUSE」
●1月末くらいから、一気にソーシャル上で話題になり、テレビの情報番組でもガンガン注目されてる、新しいSNSサービス。で、あっという間にボクの周辺にもその波が押し寄せて、同僚も友人も全員アカウントを作ってしまいました。で、当然ボクもアカウントを作るのです。
●で、ナニをするのかというと、文章(=twitter)でもなく、写真(=instagram)でもなく、動画(=TikTok)でもなく、シェアするのは音声だけなのです。ていうか、無限に会話の小部屋ができてるので、そこにお邪魔して、リアルタイムで世間話をするというサービス。ソーシャルな接点がある知人や有名人が、現在進行形でおしゃべりしてる部屋がどんどん出てくるので、そこに入って会話するもよし、黙ってお話を傾聴するもよし。テレビでお馴染みのタレントや、様々な業界の著名人、ビッグなミュージシャンなどなどが話をしているのを、数百人が聴いてる場所もあるし、顔見知り5人程度の単位が世間話をしてる場所もある。「マニアックなトークショーが無料で無限に聞けると思うと興奮する!ロフトプラスワンのイベントがオンラインになった感じってコトでしょ」と友人が言うのを聞いて、なるほど腑に落ちた。そりゃバリューがあるわ。あわよくば会話の当事者になっちゃうチャンスもあるし、新しい知遇を得ることもできる。……という話も全部「CLUBHOUSE」経由の会話で聞いたんだけどね。ただし、この会話は全くアーカイブされないので、聞き逃せばもうそれでオシマイという一回性が「聞き逃せない」という焦りを煽る気分はある。

率直に感じたのは、コロナ禍で、みんなが本当に会話に飢えてたということ!
●カリフォルニア生まれのサービス、本国でも去年4月に生まれたばかりとあって、日本上陸といってもアプリ操作は全部英語で、正直細かいところがよくわからない。オタメシで会話の部屋を自分で開設してみたら、予期せず一斉に知人が集合してきてビックリ!ホントは FACEBOOK 経由で大学時代の音楽仲間とだけで集合しようと相談してたのに、ボクが理解してない挙動で色々なところに通知が走り、会社の同期や先輩後輩、取引先の取締役さん、グループ会社の幹部さん、同業他社の方々がゾロリと集合してしまった。アレ?みなさんどうしたんですか?「いやいや unimogroove さんが通知を発信したから来たんですよ」マジで?すいません、仕組みをよくわかってないので…なんだかすごく恥ずかしい。
●でも、そんなデタラメな成り行きで集合したというのに、この10人程度の人たちの世間話が全然止まらない。コロナ以前には会社の廊下で会っても「おーす」程度の挨拶しかしない知り合いや、まともな会話するのは数年振りの人までが、和気あいあいと会話する。ホントに初めましての人には、「あ、どうも初めましてー」なんて挨拶からスタートして、自己紹介とかしちゃったりして。ここにボクの大学時代の旧友まで混入して、人脈があっちゃこっちゃでアタマが混乱するが、なんだかんだで楽しくトークは回る。この場面で、ボクの大学時代のサークル仲間が、ボクの会社の同期と、高校の先輩後輩で顔見知りだったと判明したりもして。
●先週、一ヶ月ぶりに会社に行ったら、喫煙所に「喫煙所での会話は危険です」なんて書いてあるのを発見して、もう雑談はどこでもしてはならないモードなのね、と思ってた。しかし、コロナで禁じられた雑談ニーズはパンク寸前で、相手構わずしゃべりたくてしょうがない人がこんなにたくさんいたということが、この新サービスで顕在化。ぶっちゃけ、居酒屋の隣のテーブルと意気投合!とノリが変わらんもんね。で、大勢とおしゃべりしたい人は、サクサクと色々な部屋へ渡り歩いているのだ、たくさんの居酒屋の暖簾を潜って、顔見知りの常連を探すようにして。
●あとは、この手のサービスにありがちなパターンとして、IT界隈の意識高い系な人種がアーリーアダプターとして幅を利かせている様子。で、様々なビジネストークが話題になってる部屋が大盛況のようだけど、ボクはそのへんは入ってないから雰囲気はよくわからん。

アイコンの人、BOMANI X さんの演奏会が行われた。
●さて、このアプリのアイコン画像を貼ってみました。ここに写ってる、ギターを抱えた、味のある風貌の黒人さん。この人は実際にロサンゼルスを拠点に活動してるジャズギタリストなのだそう。ソーシャル上の名前が BOMANI X さん。
●これも CLUBHOUSE 経由の会話で事前に知ったのだけど、BOMANI X さんを CLUBHOUSE の部屋に招待、遠いリアル距離をまたいで、アメリカの BOMANI さんと日本人のジャムセッションをしようという企画が日曜日に行われたのです。もちろんボクも聴衆の一人として参加したけど、もうこの部屋が2000人以上の大混雑になっててスゴかった。大量の参加者アイコンをスマホ画面の中で見ていると、著名なミュージシャンや芸能人まで来てることが分かる。
BOMANI さんと、日本人ドラマーが合わせて、その上にアメリカのシンガーさんたちが乗っかってくるというパフォーマンス。パフォーマーもイベント企画者も全員がボランティアで集まってる状況だし、全員がバラバラの場所にいて、全員がサービスの限界を探りながら演奏してる。段取りもハッキリと決まってないし、プロの通訳さんがいるわけでもないし、その意味では手作り感たっぷりな集会だった。アプリの仕様では「音楽モード」みたいな機能があるようだけど、そこまでシッカリと音楽を聴かせる仕組みになってないし、演奏者の間で遅延があったりして、音のズレがしんどいようだ。
●聴衆の数でいえば、ZEPP TOKYO のような大型ライブハウスが満員御礼の規模感なのだが、演奏の内容はそんなオオバコに相応しいようなカッチリとしたショーにはなってない。そこで鳴ってるのは、BOMANI さんがコロナ以前にやってたという、友達の部屋に仲間が集まって数人でセッションするプライベートな空気感。BOMANI さんの爪弾くジャズギターは、強い主張を鳴らすタイプの演奏ではなく、あくまでバックの優雅な雰囲気をかもす裏方のような立場に徹して、その上に次々と入れ替わりながらボーカルをとる男女数人のシンガーさんたちのゆったりした歌唱が素敵だった。BOMANI さんがいるアメリカ東海岸某所はリアルタイムで真夜中だったらしいが、家でお酒を飲みながらリラックスしてゆっくり演奏してるように聴こえる。奥ゆかしい性格なのか、会話となってもあまり饒舌な感じにはならず、謙虚な印象すら感じた。遅延で演奏が難しいと言ってたドラマーさんは、自分の演奏を即座に収録してループ化&自動演奏。そこも含めて落ち着いた気分が出てた。そんなプライベートな雰囲気が、配信技術由来の遅延でホントは拍子一拍分ズレちゃってて、音楽演奏としての厳密さは完全にヤブレちゃってる様子を、全く気にしない/気にならない空気に変えてしまっていて。そんなラフさ、レイドバックさ加減が、むしろ心地よいのでは、と思ったのでした。「レイドバック」って言葉は、その後の感想タイムでも司会の人が何回も繰り返していたな
●途中から、BOMANI さん提案で、日本人の聴衆の中からシンガーを募集。すると二人くらいの女性男性が手を挙げて、これまたイイ感じになってましたよ。… BOMANI さんのいる場所は真夜中のアメリカ東海岸だけど、その時ボクは真昼間の下北沢を散歩してて、途中でワイフと合流してスーパーで買ったお米5キロを抱える荷物係をしてて、でも同時にスマホとイヤホンでこの配信を聴く。そんな感じで全く無縁な状況にいる大勢の人々が同時に優雅な体験を共有してる不思議さに、楽しくなってました。

●サービス規約に書かれてるルールで、会話の内容をサービスの外に公開するのはダメらしいので仔細は書かないけど。
DEF TECH のメンバー MICRO さんが、途中でセッションに参加してきた。あらあらー本物のプロミュージシャンが出てきたぞ。彼の立ち振る舞い、とても素敵でした!


●だからさ、MICRO さんの音楽を久しぶりに聴くことにした。

DEF TECH「CATCH THE WAVE」

DEF TECH「CATCH THE WAVE」2006年
DEF TECH がヒット曲「MY WAY」でブレイクしたのは、2005年のコト。この年の年末の「紅白歌合戦」に出場してしまったほどの高速ブレイクに、当時はビックリしたものだ。彼らは、この段階でインディーレーベル所属、なのにミリオンセールスを達成。インディのアーティストが「紅白」に出場するのは彼らが初めてだったはず。当時の意識では、今でいう NiziU がCD発売前に「紅白」出場を決めたのと同じくらいのインパクトがあったね。「MY WAY」やこの曲近辺のことは大昔にこのブログで触れたから詳しくは書かないけど。
●ただ、あまりのブレイクの勢いに彼ら自身が戸惑ってしまったのか、ハワイ出身のアメリカ人 SHEN と東京出身の日本人 MICRO不仲が噂されるのがこの2006年の段階。ハワイのペース、インディーズのペースで十分だと思ってた SHEN と、もっと勤勉に動いて上を目指したい MICRO の姿勢の違いかな?なんて勝手に推測してた。で、結局2007年に一度このユニットは解散しちゃうのです。
●彼らは自分たちの音楽をジャワイアン・レゲエと呼んでた。ジャパン+ハワイ+レゲエ。でも、彼らの音楽の気持ちよさは、ラップとしてギュッと圧縮されたリリックに、キチンとメロディやコード感、そしてハーモニー!を絡めて、爽やかさとスリリングなスピード感が同居した高速テンポ・トラックにジャストに定着させていく、ユニット名が文字通りに象徴する高度なテクニックに裏打ちされたパフォーマンス能力かと。和風でもなくレゲエでもなく、でも、絶妙なバランス感覚は荒波を乗りこなすサーフィンの気分なのかもしれない。その意味では、このアルバムは確かに「波をガッチリとつかんでいる」。そして、このアプローチで音楽を鳴らしている人は、他には誰もいなかった。圧倒的にユニークだった。

MICRO OF DEF TECH「LAID BACK」

MICRO OF DEF TECH「LAID BACK」2007年
DEF TECH の解散直前にリリースされた、MICRO のソロアルバム。解散前だから律儀に「DEF TECH の MICRO」という名義にしてますという姿勢。彼としてはキャリアアップを目指したのか、大手メジャー・ユニバーサルの中に自分のレーベルを開設してのソロデビュー。先ほどの BOMANI さんのセッションが「レイドバック」と評されていた時、そして MICRO さんが突然登場した時、ボクは即座に彼のこのソロアルバムのタイトルを連想してました。「LAID BACK」 = リラックスした、とてもくつろいだ様子。サーファーである彼のサーフィン由来な価値観がたっぷり注ぎ込まれてます。
●で、彼が DEF TECH 名義でやってたような「ラップとウタの中間」のような表現は、より「ウタ」に近づいていて。基礎構造が早いテンポのビートミュージックである一方で、アフター・サーフの美学にあるような、アコギの弾き語りでも成立する感覚(で実際にアレンジの重要な場所にアコギがあったりする)が、なるほど、サーフィン・カルチャーの系譜を感じます。同時代で言うと JACK JOHNSON のフォーキーな気分につながるというか。夏、海、波、風、木陰で爪弾くギター、思いついてハナウタ、静かな思索と、地に足をつけた言葉選び。流れの中でしなやかに、激しさの中で冷静に、大きなものの上でリラックスを。日々自然と向き合う波乗りの人たちが感じる世界ってこういうことなのかな。軽快なリズムと輪郭のハッキリしたメロディに、思わずワクワクと肩が楽しく揺れます。
●インストロックバンド SPECIAL OTHERS とコラボする「夏の花」の飾り気のない素朴さと、バンドの丁寧な演奏が可憐で好きです。伝説のサーファー・エディー・アイカウのことを語るポエトリーリーディング「EDDIE WOULD GO」も、彼の美学をクッキリと示してくれてて素敵。「NOENA」という曲はビックリ。YOSHIKI FROM 姫神 という人とコラボしてるけど…姫神って、あの80年代ニューエイジ/シンセサイザー・ミュージックの?!喜多郎とかとイメージがかぶるんだけど。姫神は初代と二代目がいて、YOSHIKI さんは亡くなった先代の跡を継いだ息子さんらしい。DEF TECH 的なビート感覚と、無国籍エキゾチックな女性コーラスが見事に結合。その他、美学を共有する達者な客演家が参集。WISE、SPONTANIA、L-VOKAL、BIGGA RAIJI などなどヒップホップ/レゲエ界隈のパフォーマーがいっぱいだけど、敢えてラップじゃなくて歌ったりなことをしたり。あ、シンガー・伊藤由奈さんもハワイ出身だな。光永亮太 & 光永泰一朗の兄弟客演も、美声がチルでいいです。

踊れ

MICRO「踊れ」2008年
DEF TECH 解散後、MICRO OF DEF TECH という名義はもう使わなくなってのシングル。ただの MICRO さんです。
海と波、自然の摂理に寄り添う彼のポジションも、都会生活の中では矛盾も摩擦もありまして。その闇堕ち寸前なタフ状況を、「踊れ!」というメッセージで乗り越えろと力強く歌う楽曲であります。ラップ達者な彼のフロウがスリリングでありまして、そこからのダイナミックなサビへの展開が痛快。クレジットには大河にも出演してた俳優・金子ノブアキが共同ライターに。あ、でもこの人、俳優以前にロックバンド・RIZE のドラマーだった。で、RIZE の人脈の中で MICRO SHEN は出会い、DEF TECH を結成したのだった。きっと仲良しなんだね。カップリング曲「YUKIYANAGI」は沖縄音楽の意匠を取り込んでる。
さてその後、2010年に DEF TECH は再結成して、二人は元サヤ。でも、このへんで、DEF TECH の音楽に対して、ボクの興味が、一旦切れちゃうんだよね…。


で10年が経って、2020年。YouTubeで久しぶりに二人を見かけました。



DEF TECH「MY WAY/THE FIRST TAKE」
●この「THE FIRST TAKE」という企画、YouTubeで話題になってますね。真っ白なスタジオの中、「一発撮り」という制約でのパフォーマンス。虚飾を一切廃して、パフォーマーの実力を剥き身にするという趣向。実力のあるシンガーじゃないとチャレンジできないし、その実力に見るものは改めてホレボレとしちゃう。そこで彼らは、自分たちの出発点である「MY WAY」をシッカリと披露します。
●本人たちにはレイドバックとは言えない、絶妙な緊張感で歌唱される曲だけど、結果的にリスナーとしてのボクには、とても耳に優しく、リラックスできる音楽。素敵です。
図らずも、ソーシャルアプリ・CLUBHOUSE から DEF TECH の15年の歴史を俯瞰するカッコになっちゃったな。


●あー、今朝、CLUBHOUSE のアプリがアップデートされて、アイコンの写真が入れ替えられちゃったみたいだ。もう BOMANI さんの顔は見られないっぽい。

●それと、今日の CLUBHOUSE での雑談で、友人がコロナに感染したと聞かされた。マジで!?「FACEBOOKとかで書くのもアレだから、CLUBHOUSE で喋っちゃった。無症状だし、保健所の人は親切で、多分明日あたりからホテル療養になる」いやいや、ほんとにお大事に!


今週の木曜は、東京に雪が降った日でした。
●いつもどおりに、テレワークでPCから目を逸らさないボクは、雨が雪に変わったのを気づかないママで。
●でも、娘ヒヨコが、家に帰って来てイヌのようにはしゃいでいて。「雪が降ってるよ!」
●18歳になったのに、雪が降ったりとか、台風が近づいたりとかで、小学生男子のようにテンションが上がる。
●誰もいない家の中でテレワークに没入してると、部屋の中の空気が悪くなってるのも気づかないので。
●リビングの窓を大きく開いて、冷たい風を部屋に通す。確かに雪が降ってる。しばし眺める。
●仕事に戻ってしばらくして、ワイフが帰宅。「なんで網戸まで開けっ放しにしてるの?虫が入ってくるでしょ」
●ああ、網戸まで開けっ放しにしちゃったのか、ボケっとしてた。でも、今の季節に虫はいるのか?


フェイスブックには、繋がってる人の誕生日をお知らせする機能があるけど。
一昨年に亡くなってしまった、職業上の大恩人のお誕生日が、何事もなくお知らせされてた。
●ユーザーご本人が亡くなったことも知らずに、全自動で誕生日を発信し続けるのか SNS ってヤツは…。と思って、久しぶりにその人のページを見てみると、同じ通知を受け取ったであろう、女性の先輩が故人を偲ぶコメントを記入していた。そうかー、なんだかこれはお墓参りのような気分なんだなと思った。命日ではないけど、誕生日に故人を思い出して、その人を知る人たち(当然、ボクにも近しい人たち)が、お花を手向けるようにして、コメントを短く残す場所。コメントを残さぬとも、記憶を思い返す場所。SNSって不思議な仕組みだな、人の心を傷つけもするが、こんなやり方で、人の心を揺り動かすのか。


●先週末の日曜日も、東京は冷たい雨降りでありました。
地元・下北沢を歩いていたら、ふと小さな看板を見つけまして。

IMG_9753.jpg

「PINK MOON RECORDS」 世田谷区北沢2-14-19 3F
ん?レコード屋さん?あれ?こんな場所にレコ屋さんがあったなんて知らなかった…今まで見落としていたとは不覚。比較的新しいお店なのかな?前日の土曜日の段階で発見してチラリとのぞいたが全然時間が足りなくて。だから、冬の雨の中、わざわざこのお店に足を運んだのだった。
●小さな3階建てのビル、一階は「八月」という名前のカレー屋さんで、二階はそのお店の厨房のようだ。その上にこのお店がある。こじんまりとした店内には、20個ほどのダンボールにLPレコードたちが並んでいる。そんなにたっぷり在庫がある感じではないけど、ロック、ジャズ、ソウル、モンド、和モノなどなど、一通りのオールジャンルな構え方。でも基本は100%アナログで、CDの取り扱いはない。100円の激安箱から買い物する悪食のボクには価格設定が高めではあるのだけど、プレミアアイテムに何万円もの高値をつけて見せびらかすようなタイプのお店ではない。至って真っ当な値付け感。一枚一枚のレコードに丁寧に手書きのレビューが書いてあって、レコード愛がヒシヒシと伝わってくる。特に気になったのは、サニーデイ・サービス曽我部恵一さんが主宰する ROSE RECORDS の音源がひとヤマあることでして。あらあらなんて下北沢っぽい感じの品揃えだろうと思ったのでした。でも、雨降りの湿度とマスクから漏れる呼気でメガネがひどく曇って、周囲の細かいところが見えない。弱った弱った。

●曇ったメガネを何回もフキフキしながら、3枚ほどレコードを選び、お店の奥にいるご主人に声をかけてお勘定を。「外は降ってますか?」「降ってますね…メガネが曇って困っちゃいます」なんて会話をしながら…と思ったら、あれれ!今気づいたけど、このご主人は、曽我部恵一さんご本人ではないだろうか!?マスクをしてるけど、この味のある風体、予想以上にハッキリと明るく通る声、これは間違いない!下北沢を拠点としている曽我部さんは、普通に住人としてこの街を歩いて生活している人なので、18年前からこの街に住んでいるボクも、この人を時々見かけたりもするのだ。「あ、今すれ違ったのは曽我部さんだ、お子さん連れてたな」みたいな。とはいえ、いきなりレコ屋のご主人として目の前にいるとビックリする!オズオズと「もしかして、曽我部恵一さんでらっしゃいます?」と質問したら、やっぱりご本人!あーだから、ROSE RECORDS のレコードがいっぱいあったりするんだ、よく見るとサニーデイ・サービスのTシャツとかも売ってるし。
●ココは曽我部さんのお店だったのですか?などと質問すると、朗らかにお店の経緯を教えてくれました。実は階下のカレー屋さん「八月」曽我部さんが経営するお店。去年4月からオープンしたそうな。でこの建物の3階であるこのスペースは、配信などを発信するイベントスペースにするアイディアもあったそうだけど、まずはレコード屋さんにしたそうな。「やっぱりレコードが好きですから!」なるほど、コロナが始まった時期にできたお店だったから、今まで気づかなかったのか。カレー屋さんもいつからあるお店かわからなかったし。「今は品数を増やしたいので、絶賛買取中です!」…いやいや、驚いた、曽我部さん本人が一人っきりでお店にいるなんで予想しないじゃないですか…でも、普通に素敵なお店なので、また来ちゃおうと思うのでした。せっかくだから次回は ROSE RECORDS の音源を買っちゃおうかな。


●そんなお店で買ったレコードは。

LOVE JOYS「LOVERS ROCK REGGAE STYLE」

LOVE JOYS「LOVERS ROCK REGGAE STYLE」1982年
ズバリ、タイトル通りのラヴァーズロック/ダブです。ぶっちゃけアーティストさんとしては全然知りませんけど、ライオンのマークが勇ましいレーベル WACKIE'S からの音源ってだけで、もう興味津々。レーベル主宰でプロデューサーでもある BULLWACKIE という人物が、名高いダブの鬼才なのですね。しかも、レゲエと言えば本国ジャマイカと宗主国イギリスが拠点と相場が決まってるというのに、WACKIE'S の拠点はアメリカ・ニューヨーク!珍しい!ヒップホップのルーツにレゲエの影響は計り知れないモノがあるけど、レゲエそのものへの関心となると、アメリカは意外なほど淡白。時々ブームのように盛り上がることはあっても、息の長いシーンが持続してる感じがしない。むしろ日本の方が真摯にレゲエに向き合ってる気がするほど。なのに、ジャマイカから移民した BULLWACKIE はニューヨークに根を下ろして、ジャマイカやイギリスに負けない存在感を発信したわけだ。だから、気になる!
●しかしボクは、BULLWACKIE/WACKIE'S の作品は90年代のモノしか聴いたことがなくて、その時期にはちょっと大味になっちゃってる感じがある。しかしこの音源は、キチンと記載がないのだけど、見た目の雰囲気でしっかりと80年代と見ていいだろう。バンドのクレジットは残念ながら知ってる人がほとんどいないけど(ニューヨークのバンドマンはさすがに分からん)、ホーンで ROLAND ALPHONSO が参加、この人は THE SKATALITES のオリジナルメンバー!もちろんプロデューサーは BULLWACKIE、なぜか二回も書いてあるよ。なのに、二人の女性シンガーの名前は書いてないという不思議。そんなジャケットから得られる情報でこんな思考を巡らせて、購入を決定。これがボクのジャケ買いです。2700円也。

●さて、実際にレコードに針を落とすと、低音の圧がスゴイ!ワイフが慌てて「ちょっと、音小さくして!響き過ぎ!」うわー強烈なダブ音響だわー。最高だねー。しかし、さすがに夜更けにこの低音は近所迷惑。でも、少しボリュームを下げると、今度はベース音とカチカチハイハット以外が何も聴こえなくなる。うーむ、こうしたダブ音響に最適化したオーディオが必要なのか?近所に遠慮無用の防音環境が必要なのか?BULLWACKIE が黒盤に封じ込めたせっかくのパワフルな録音を存分に楽しめない。ムムム。
●で、ヘッドフォンで改めて堪能。ボクのヘッドフォンはドイツのブランド beyerdynamic の DT990 PRO 250Ω ってヤツなんですけど、コイツがワリと品の良い音楽にフォーカスした、ちょっと気取り屋さんな雰囲気の代物で、エグいくらいの低音がキチンと整頓されて出力されてきます。この手のレゲエ/ダブは、野趣あふれるバカみたいな轟音で聴くのがお行儀のような気がするのだけど、細部までくまなく照らしあげるドイツの職人技がスッキリと気持ちいい。ゆったりとうねるベースと、抜けのいいスネア、深い霧の中で歌うようなリバーブたっぷりの女性ボーカル、ナニゲに場をカラフルにしている陽気なシンセ音。女性シンガーが主役のように見せかけて、クレジットも忘れるくらいの扱いに納得、ぶっちゃけシンガーそのものはちょっとした添え物で、バンドが繰り出すグルーヴそのものが本当の主役。実際、二人で歌ってる場面がそんなに多くない。正直、彼女たちのボーカルがなくてもボクには十分楽しめる。迫力のエコー空間に最初はただ圧倒されたけど、よく聴くと無造作な編集操作の痕跡もしっかり残ってて、そこの不器用さも愛おしく聴こえる。
●よーし、もっとこの辺のレゲエを聴こうっと!


サニーデイ・サービス「サニーデイ・サービス」

サニーデイ・サービス「サニーデイ・サービス」1997年
●せっかく曽我部圭一さんに会えたので、彼のバンド、サニーデイ・サービスも聴きます。このバンドはまさしく90年代、ボクの20歳代に活躍したということで縁が近く、しかもボクの地元・下北沢にも縁があるという意味で、キチンと聴いていてイイはずなのですが、実はボクはそんなに良いリスナーではないのです。何しろ曽我部恵一さんは、サニーデイ・サービスに始まり、その他の名義(曽我部恵一BANDなどなど)も含めて、膨大な量のディスコグラフィーがあり、とてもじゃないけど簡単に全容が把握できるアーティストさんではないのです。彼のお店「PINK MOON RECORDS」がオールジャンルであるように、曽我部さん自身も守備範囲はかなり広く、作品ことに多様な表情を見せるのです。だから、何かを語れるほどのイメージを掴みきってない。
でも、この4枚目のアルバムは素敵です。アルバムタイトルにバンド名を冠するべき場面が、まさに今ココだと、バンド自身が確信したほど、イデアとしてのバンド像がここに完成しているように思えます。正直、曽我部恵一さんはイケメンという感じじゃないと思うのですが、彼の声が本当にセクシーであります。そのセクシーな声が、落ち着いたメロディの中で、どこかセンチメンタルな歌を歌う。彼の描写する歌詞世界は、どこか美しい風景画のようで、その風景を見ている主体が綴る私小説のような趣きがあるのです。大げさなドラマや挑発的なメッセージがあるわけでなくて、それこそ下北沢のようなコジンマリとした街を散歩するような、地に足をつけた印象。そんな彼を囲むバンドサウンドは、80年代ネオアコを通過しつつも、それ以前、70年代のフックラとしたフォークソングのような素直さが可憐。耳を驚かすようなギミックや奇矯なアレンジなどは仕掛けられておらず、素朴な楽器本来の鳴り、特にギターの響きにキチンと焦点が当てられている。まー20歳代のボクには、それが地味に聴こえてしまって、どこか後回しにしてしまったところがあって。
●時代状況で言えば、90年代東京を賑わせた「渋谷系」のシーンの中では、彼らはやや後発組として登場したバンド。渋谷系は海外の潮流と同時進行のムーブメントで、最先端のダンスミュージックやグランジロック、シューゲイザーなどなど英米のサウンドを直接取り込むバンドが多かった。そこでいうとサニーデイ・サービスは、最初期でこそそうしたバンドと同じ場所にいたような感じがあったけど、すぐに独自路線として、70年代の日本語フォークソングという意匠に接近して差別化を図った。最新洋楽がダイレクトに輸入されてくる外資系レコードショップなどなどがいっぱいの「渋谷」からいち早く離脱して、そこから動いた先が、地に足ついた生活がある街「下北沢」だった。そんな感じがある。ただ、そんな彼らの美学が周囲にカッチリ理解されてたのかというと、なんだか微妙な感じがあって…。当時はとにかくカシマしいバンドブームの時代だったし、そして90年代が終わるとレコード業界のバブルも終わってしまって。で、バンドは2000年に一旦解散してしまうのです。

曽我部恵一さんに関する、個人的な思い出を。あれは1995年だったかなあ?
●大学生活最後の年だったと思う。ボクの周囲では、大学の枠を超えた音楽好きが集まっては、イベントを企画したりするような様子で。で、サークルの後輩だったアサクラさんという女の子が、原宿の小さなクラブを借り切ってDJイベントを主催した。そこに招かれたのがカジヒデキさんとサニーデイ・サービス・曽我部恵一さんだった。他のDJはボクらの仲間たち。ハタチそこそこの素人大学生に50人も入れば満員になっちゃう小さなハコに呼ばれて、でもそんな所にちゃんと来てくれるアーティストさんだったわけです。今思うと、曽我部さん自身も年齢でボクより二つだけ年長という程度、20歳代前半の若者だったわけで、遠目に見たら同世代みたいなモンだったわけで。
カジヒデキさんも曽我部さんも、DJとしてプレイするのは当然バリバリのダンスミュージックなんかではなくて、60年代〜70年代のソフトロックがメイン。というか、当時はソフトロックという言葉が出来たばかりの頃だったのですわ。まだ経験が浅かったボクには、これが高偏差値に聴こえてウマく乗り切れない。ところが曽我部さんはそんな音楽に交えて、はっぴいえんどとかの音楽をプレイしてくるのですよ!「はいからはくち」とかスピンしてくるのですよ!これが猛烈にカッコいい。あー、60年代〜70年代の日本の音楽を、DJ/ダンスという文脈に結びつけるとは、なんてクールなんだ!既存の文脈から逸脱させて再解釈して、新しい意味を見出すって、なんてクリエイティブなんだろう!そして、その解釈の自由奔放さがなんて新鮮で痛快なのだろう!アメリカの黒人さんたちが、自分たちの遺産としてのジャズを分解してヒップホップという新文化を作ったように、過去の日本語の音楽を再解釈することで、新しい世代のボクらは自分たちの歴史を更新し未来につなぐことができる!この経験が、もう目からウロコで。今年で48歳になろうというのに、この感動だけは今も忘れない。この経験が元で、ボクは常にジャンル越境を意識して、場所や時代を超えていくような音楽の聴き方を意識するようになってしまった。
曽我部さんたちのDJが終わり、その後は仲間たちのDJで深い時間まで踊り明かした後、始発まで終夜営業のファミレスで時間を潰すかーと思ってクラブの外に出ると、そこにはビックリな光景が。完全に泥酔した曽我部さんが真夜中の街頭でワーワー騒いでる。マネジャーさんの制止も振り払ってヨタヨタ歩きながら叫んでる(あのマネジャーさん的人物は、サニーデイ・サービスを発掘した、MIDI レコード の敏腕ディレクター・渡邊文武さんだったかもしれない)。なんかスゴくバツの悪いモノを見てしまった気になって、あわてて退散した。



●楽曲「BABY BLUE」。アルバム「サニーデイ・サービス」の冒頭の曲。これを、YOGEE NEW WAVES のギター・ボーカル、角舘健悟と二人で演奏。原曲もアコースティックでシンプルで可憐なアレンジで素敵です。
●あと、このアルバムには、レコード屋さんの名前になった「PINK MOON」という曲も収録されてる。


●すいませんね、もう一個、余談を。
曽我部恵一さん、10年近く前に、下北沢の近所の小学校で、PTAの役員さんを務めたという。
●ボクのワイフのママ友が、この時一緒に役員さんを務めたそうで。役員メンバーは、曽我部さんがミュージシャンであることは理解してたみたいだけど(まあ、見た目で普通の人じゃないなって感じだし)、果たして彼の音楽を聴いていたかどうか?PTAというと、ワイフも散々役員活動で苦労してたけど、ママさん同士のマウンティングなどなどかなり神経をすり減らすモノでありますが、この時は、何か微妙な空気になっても曽我部さんが意見を発言するとなんとなく和む感じになり、スムーズに活動が進んでいったそうな。この不思議な調整力みたいなモノに、ママさんたちはかなりの心の平安を得ていたようで、ボクとしてはスゲえなーと思ったのでした。ご本人は絶対こんなこと自覚してないと思うけど。地元・下北沢ならではのウワサ話でありました。